最高裁判所第二小法廷 昭和48年(行ツ)31号 判決 1974年9月27日
東京都墨田区業平二丁目九番一三号
上告人
長棟至元
右訴訟代理人弁護士
梅沢秀次
安田秀士
東京都墨田区業平一丁目七番二号
被上告人
本所税務署長今井善作
右当事者間の東京高等裁判所昭和四六年(行コ)第一三号所得税更正決定処分取消請求事件について、同裁判所が昭和四七年一二月一三日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立があつた。よつて、当裁判所は次のとおり判決する。
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告代理人梅沢秀次、同安田秀士の上告理由第一点について。
昭和四〇年法律第三三号による改正前の所得税法(昭和二二年法律第二七号。以下「旧所得税法」という。)一〇条二項の規定にいう「その他の経費」が必要経費とされるためには、それが、当該総収入金額を得るために必要なものであつて、家事上の経費等でないものでなければならないことは、規定上明白であるところ、同じく貸付金元本の貸倒れによる損失であつても、それが事業上の貸付から生じたものである場合には、右の要件に該当するものとみることができるけれども、それが非営業貸付から生じたものである場合には、これに該当するものとみることはできない。非営業貸付から生じた貸付金元本の貸倒れによる損失が旧所得税法一〇条二項に定める必要経費に該当しないとの解釈のもとに行われた本件更正処分を是認すべきものとした原判決(その引用する第一審判決を含む。以下同じ。)の判断は正当であつて、その過程に所論の違法はない。なお、所論のうち違憲をいう部分は、本件更正処分に右条項の解釈を誤つた違法があることを前提とするものであつて、その前提においてすでに失当である。論旨は採用することができない。
同第二点及び第三点について。
原判決が、その適法に確定した事実関係のもとにおいては、上告人の本件資金貸付行為は所得税法上の事業に該当しないとした判断は、正当として首肯することができ、その過程に所論の違法はない。なお、所論のうち違憲をいう部分は、原判決の右判断が違法であることを前提とするものであつて、その前提においてすでに失当である。論旨は採用することができない。
よつて、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 小川信雄 裁判官 岡原昌男 裁判官 大塚喜一郎 裁判官 吉田豊)
(昭和四八年(行ツ)第三一号 上告人 長棟至元)
上告代理人梅沢秀次、同安田秀士の上告理由
第一点 原判決は昭和四〇年改正前の所得税法(以下旧法と略す)第一一条の四、第一〇条の二項の解釈を誤り、憲法第一四条、第三〇条に違反する。
1. 所得税法の所得金額計算上「貸倒金」は現行所得税法では五一条により、「資産損失」であることを確認したうえで「必要経費」に算入して処理されることになつているが旧法では貸倒金につき明文の規定がなく資産損失として旧法一一条の四によつて雑損控除として処理するのか、あるいは必要経費として旧法一〇条二項によつて処理するのかが問題になる。
2. 旧法一〇条二項は「第九条一項第三号(不動産所得)、第四号(事業所得)、第七号(山林所得)及び第一〇号(雑所得)の規定により総収入金額から控除すべき経費は……その他の経費で当該総収入金額を得るために必要なものとする。」と規定して「貸倒金」が右経費に含まれる旨の明文の規定をおかず、更に事業所得と雑所得とで取扱上の差を設けていない。旧法一一条の四は「居住者が震災、風水害、火災その他命令で定める災害又は盗難により資産(商品、原材料、製品、半製品、仕掛品その他命令で定める資産を除く。以下本条において同じ。)について損失を受けた場合において、当該損失額が……を超過するときは、その超過額(雑損失の金額)をその者の総所得金額、退職所得の金額又は山林所得の金額から控除する。この法律の施行地に事業を有し、又は第一条第二項第一号(資産又は事業の所得)に規定する資産の所得若しくは同項八号に規定する所得(不動産所得)を有する非居住者のこの法律の施行地にある資産に係るこれらの損失についてもまた同様とする。」と規定している。即ち右法条において控除が予定されているのは退職所得、山林所得、事業所得、不動産所得等であつて雑所得については規定されていない。そして右法条に例示されている中には「貸倒金」が明記されていないのであつて貸倒金を右法条によつて処理する場合には事業所得の場合と雑所得の場合とで差異が生じる。
3. 法律上明文の規定がない場合には「疑わしきは課税せず」の原則からすれば納税者に有利な処理をとるべきであり上告人の金銭貸付行為を事業と認めないのであれば雑所得の処理は旧法一〇条二項で処理する方が納税者たる上告人に有利なのであるからそのように処理すべきである。また旧法一一条の四は例示事項、例示されている所得の種類から明白なようにいわば物理的な損失の場合の規定であつて貸倒金のようなものは予定していないのであるから貸倒金の処理はこの点からみても旧法一〇条二項で処理するのが正しい。
4. ところで被上告人は第一審の第一準備書面で上告人の昭和三九年度分所得の申告に対する更正決定の理由を「原告の貸金は……非営業貸金の貸付に相当するものであり、当該貸金の元本が回収不能を生じた場合であつてもそれはいわゆる『資産損失』であつて当時の所得税法第一〇条第二項に定める必要経費とはならない」と説明している。即ち<1>上告人の「貸倒れ」を資産損失として旧法一一条の四で処理している点が前述3の如く旧法一〇条二項、一一条の四の解釈を誤つているのみならず、<2>事業所得については旧法一〇条二項の必要経費として処理し、非営業貸金からの所得(雑所得)については旧法一一条の四の雑損控除として処理する旨の誤つた取扱いをしている。<2>の点につきその違法性、違憲性を次に詳述する。
5. 旧法一一条の四はもともと「貸倒れ損」を予定しておらず、いわば物理的損失のみを予定した規定であるために雑所得については同条の控除の対象から論理必然的に排除されているのである。従つて非営業的貸金の場合の貸倒れ損を同条によつて処理しようとすれば貸倒れ損は全く控除されないことになり、旧法一〇条二項の必要経費として処理された場合に比して納税者にとつて著しい不利益を強いられることになること前述のとおりである。法文上事業所得と雑所得との間に差異を設ける明文がないにも拘らず、税務署の更正決定によつて損失控除をめぐつて両者の間に右の如き重大な差異をつけることは租税法律主義の原則、租税公平負担の原則に反し憲法一四条、三〇条違反である。
なお現行法上「貸倒れ損」の処理について事業所得の場合と雑所得の場合では前者については五一条二項によつて全額必要経費とされ、他の所得からも損益通算できるが、後者については五一条四項によつて当該年度の雑所得の額の範囲内で必要経費に算入され他の所得との損益通算が許されない。即ち他の種類の所得との損益通算が許されるか否かの差異が事業所得の場合と雑所得の場合との間に設けられている。両者の間にこのような差異を設けることが憲法上許される差別であるかの疑問は残るが、それでも法律上明確に右のような差が規定されているのである。然るに被上告人は旧法上はかかる明文がないのにかかわらず現行法が認めているよりも大幅な過酷な差別を本件更正決定によつて設定しているのである。この点から考えてみても本件更正決定が違法、違憲であることは明白である。
6. 以上のとおり被上告人が本件更正決定において上告人の昭和三九年度の「貸倒」を旧法一〇条二項ではなく資産損失として旧法一一条の四で処理すべきであるとした処分は旧法一〇条二項、一一条の四の解釈を誤り、憲法一四条、三〇条に違反した違法、違憲な処分であり取消されるべきであるのに原判決は被上告人の右主張を認容したものである。
7. 仮に法文上明文規定のない前記の如き差別を事業所得と雑所得との間に設けることが許されるとしても、そのためにはそのような差別を設けることが許される合理的な特段の事情がなければならない。然るに原判決にはこのような合理的理由の存在については何ら言及するところがないのであるから理由不備の違法がある。
第二点 原判決は旧法九条一項四号、一〇号の解釈を誤り、憲法一四条、三〇条に違反している。また原判決には審理不尽の違法がある。
1. 雑所得に関する「貸倒れ損」は旧法一一条の四で処理し、事業所得に関する「貸倒れ損」は旧法一〇条二項で処理するとの被上告人の本件更正決定における解釈は不合理で違憲であること第一点に述べたとおりであるが、右の点については被上告人の解釈に従うとすると上告人の本件貸付による所得が事業所得であるのか雑所得であるのかの判断が重要な争点となる。この点につき被上告人の本件更正決定は雑所得であると判断しているがこの判断は違法である。
2. 被上告人の本件更正処分は「疑わしきは課税せず」の原則に違反し、憲法三〇条違反である。
税法解釈上の原則として「疑わしきは課税せず」の原則が主張されているがこの原則は<1>法律に疑いがある場合<2>課税要件該当性の事実について課税要件事実の存在自体が疑わしい場合<3>具体的事実が課税要件事実に該当するか否か疑いがある場合――の解釈の原則である。本件に即していえば上告人の継続的貸付から生じた所得を雑所得と解することは事業所得と解する場合に比して納税者たる上告人にとつて著しく不利益となることは第一点において述べたとおりである。このような場合に事業所得と解するか雑所得と解するか疑いがある場合には納税者にとつて不利益を強いられることのないように特段の事情なき限り事業所得であると認定すべきである然るに被上告人が上告人の継続的貸付が後述の国税庁基本通達が事業所得として認定するために要求していた基準を充たしていたにも拘らず本件更正決定にて事業所得とは認め難く雑所得であると判断したのは憲法三〇条に違反する。
3. 通達(解釈通達)に違反して被上告人の本件更正決定処分がなされている点について―原判決には審理不尽の違法がある。
原判決はこの点について「国税庁長官の基本通達は、一般的な基準を与えることにより、法律の解釈をできるかぎり統一し、もつて所得税の賦課徴収という行政事務の処理の円滑を図るとともに、その取扱いの不均衡を是正するため発せられたものであつて、裁判所が法令解釈、事実認定をなすに当つて一応の参考資料となるものにすぎない。およそ金銭の貸付から生ずる所得が事業所得に該当するか否かは、その貸付の相手方、貸付の目的、貸付口数、貸付金額、利率、担保権設定の有無、貸付資金の調達方法、貸付のための施設および広告宣伝の状況その他諸般の状況を総合勘案して判定すべきものであつて、国税庁長官の発した昭和二六年基本通達九三(一)但書、(二)に該当する事実があるからといつてそのことのみから直ちに事業所得に該当するものと判断することは相当でない。」(三頁表~裏)としている。もとより通達は上級行政庁に対する命令示達の一形式であつてそれ自体法規としての性質を有するものでないことは原判決の説示するとおりであるが、通達によつて示達された内容が税務執行において長年継続的に実施され、当該通達がその内容において合理性を有している場合に右通達に定める要件を充たしているにもかかわらず、合理的な理由もなくこれの適用をうけないものとされた場合には(しかも納税者にとつて不利益になる場合には)公平負担の原則に反する違法、違憲な処分であるというべきである。
憲法三〇条の趣旨から税務署が恣意的に法規の適用をすることは最も厳格に制限されるべきであり、長年実施されている通達がある場合にこの通達を合理的な理由もなく無視することが許されるならば税務署の取扱いが恣意的なものになるおそれが強い。上告人が前記昭和二六年基本通達九三(一)但書、(二)に従つて昭和三九年度の所得申告をしたのを被上告人が何らの合理的理由もなく右基本通達の内容と異なる基準でもつて上告人に著しく不利益な更正決定をしたのは公平負担の原則、信義誠実の原則に反し憲法一四条、三〇条違反である。従つて原判決が右合理的理由の存否について何ら言及することなく基本通達は法令解釈の事実認定の一つの参考資料にすぎないと説示してことたれりとしたのは審理不尽の違法の譏りをまぬがれない。(大阪地裁判決昭和四四年五月二四日―行政裁判例集二〇巻五・六号六七五頁―参照)
第三点 原判決は旧法九条一項四号、一〇号の解釈適用を誤り判決に影響を及ぼすこと明らかである。
1. 所得税法の「事業」の認定には客観的要件たる同一行為の反覆継続性があれば足りるのであつて原判決がこの他に社会的客観性を要件の一つとして要求しているのは誤りである。事業の認定のために社会的客観性をも必要であるとして事業者としての物的(施設等)、人的要件が具備されることをも要求するむらば自由職業に属する事業所得の大部分は雑所得とされることになり、雑所得の包括的規範性に反する結果となる。事業所得と雑所得とでは現行法上五一条二項と四項による差があり、旧法上はこのような差は明文上は規定されていないが、第一点で述べたように被上告人のように雑所得についてのみ貸倒れ損を資産損失として旧法一一条の四で処理するという前提に立つ場合には事業所得と雑所得とでは納税者にとつて著しい差が生じる。このような差別が許される合理的な理由はどこに求められるのであろうか?従つて税法解釈の大原則たる公平負担の原則から考えるならば包括的規定である雑所得に属する場合は厳格に例外的なものと解すべきであり、雑所得ではなく事業所得に該るというためには同一行為の継続的反覆性あることで充分であるというべきである。(阿南主税「所得税法体系」(ビジネス教育出版社)六一三頁、大阪地裁判決昭和二六年五月三〇日、名古屋地裁判決昭和三八年二月一九日、福井地裁判決昭和三九年一二月一一日参照)
この点につき原判決は「およそ金銭の貸付から生ずる所得が事業所得に該当するか否かは……貸付のための施設および広告宣伝の状況その他諸般の状況を総合勘案して判断すべきものであつて……」(三頁裏)、「高橋堅二は合同印刷株式会社の経理担当者であり、高橋睦子は同人の妻で、控訴人が同会社に対して賃貸している建物の管理人であつて、控訴人が高橋睦子に支払つた給与は、控訴人の同建物賃貸による不動産所得計算上の必要経費として控除されている。控訴人は金融業の届出をしておらず、昭和三四年から昭和四〇年まで貸付金の利息収入を雑所得として申告している。以上の事実を原判決の認定した事実に加えて検討すると控訴人の資金貸付行為は、所得税法上の事業に該当しないものと解するのが相当である」(六頁表)としている。そして一審判決は「原告は金融業者としての届出をしておらず、独立した事務も有していたわけでなく、高橋睦子等を使用して合同印刷の一隅で貸付事務を処理させていたにすぎず、もとより金融業の宣伝活動を行つた事実もないことを認めることができ……」(九枚目表)としている。以上の如く原判決は事業所得に該当するとするための要件として同一行為の反覆継続性のほかに独立した事務所、専任の事務員、金融業の届出、金融業の宣伝広告等の事実までをも要求しているが、これは前述の如く旧法九条一項四号、一〇号の法意を正しく理解しないものであつて誤りである。
2. 営利目的、継続性の判断について、及び経済的実質的解釈の必要性
(イ) <1>上告人の合同印刷に対する貸付は昭和三九年一二月三日の五〇万円一口で貸付利率は日歩三銭であつた<2>(株)静わさびに対する貸付は昭和三六年一一月二一日の五〇〇万円と昭和三七年四月二四日の一〇〇万円の二口であつた<3>(株)森島直線工業所に対する貸付は昭和三七年一〇月一〇日から同年一二月二五日まで五回にわたり合計一〇〇万円であつた<4>小河内観光開発(株)に対する貸付は昭和三四年七月から昭和四〇年一〇月まで二二回にわたり合計三三一九万五一四六円であつた――ことは当事者間に争いがない。以上の貸付金合計額は四〇六九万五一四六円という高額にのぼり、昭和三四年七月から昭和四〇年一〇月までの六年余の期間に亘つて反覆継続されているのである。また上告人の右貸付金の主要部分は上告人が中央信用金庫駒形支店から借り入れて資金調達していたこと、右貸付金の利息は日歩三銭以上づあつたことの各事実は原判決も認めるところであり、この利息収入が上告人の各年度の総所得中に占める割合は一二・七%ないし二三・二%以上にのぼつている。右の点について原判決は「仮りに昭和三四年度から昭和三九年までの間における控訴人の小河内観光開発(株)よりの利息収入が……としてもその各年度における総所得金額に対する割合は一二・七%ないし二三・二%にすぎない」(三頁表)と説示して前記諸事情を上告人の継続的貸付が事実であると認定するにあたつて否定的材料と評価しているが、このような判断はあまりにも経済界の実情からはずれた誤つた評価である。
税法の解釈にあたつては経済的実質的な解釈が要請されるのであつて(東地判昭和四〇年一二月一五日、同昭和四〇年四月三〇日等参照)、昭和二六年基本通達九三(一)但書、(二)が貸金に関して他から借り入れて貸付けている場合、貸付金額が五〇万円を超える場合には事業に該るものと認定すべしとしていたのはなぜなのか?昭和二〇年~三〇年代の経済界の実情にあつて五〇万円以上もの金額を貸付けるのは多額な貸付けであると考えられ、他から借り入れて貸付けるのは通常、事業として貸しつけていると考えていたからにほかならない。このことをおもうとき原判決の前記評価はあまりにも税法解釈の基本原則たる経済的実質的からはずれた形式的恣意的な解釈であるとの譏りを免れない。
(ロ) 次に原判決は上告人の貸付の態様について「これら四社に対する貸付はいずれも貸借に関する証書を作成せず、物的担保の設定を受けることなく、かつ保証人を立てることもしないでなされたものであるが、小河内観光、合同印刷(株)、(株)静わさびの三社は当時経営状態が悪く、銀行から融資を受けることが困難であつた。」(五頁表~裏)と認定してこの事実を上告人の継続的貸付行為の事業性認定につき否定的な材料と評価している。
中小企業の金融業者が貸付をなすにあたつて人的、物的担保を設定しないで手形貸付を行なうことはむしろ通常行なわれているところであつて、(本件の場合原判決は貸借の証書も作成しないと認定しているが、本件の場合も手形を受けとつて貸付けているのである。)上告人の貸付が担保を設定しない形態でなされていたからといつてこれを事業性の判断につき否定的材料と評価することは誤りである。貸付先会社の営業状態が悪かつたからこそ担保の設定を求めることができなかつたのであり、原判決は銀行から融資を受けられないような営業状態の良好でない貸付先を相手にして金融業を営んでいる中小の金融業者の貸付の態様を全く無視するものである。
(ハ) 更に原判決は上告人の貸付先について「控訴人が貸付けたのは、小河内観光、合同印刷(株)、(株)静わさび、(株)森島直線工業所の四社に限られており、貸付当時控訴人は、小河内観光、合同印刷(株)、(株)静わさびの代表取締役の地位にあつたのみならず、この三社の最大の株主であつた。また森島直線工業所の代表取締役森島万次郎は、小河内観光の株主で、かつ同社の取締役であつた。」(四頁裏)と認定してこれも原判決の趣旨からみると上告人の貸付の事業性判断の否定的材料と判断しているようである。貸付先が四社であつても貸付金額が非常に高額であり、貸付の期間が六年余の長期に亘つていることは(イ)に述べたとおりでありこのような場合に貸付先が四社であることを事業性判断につき否定的材料と評価することは誤りである。また上告人と貸付先との関係につき上告人が貸付先会社の株主、代表取締役であつたからといつて上告人の貸付行為の事業性判断を左右する材料とするのは誤りである。親近者とか友人に非継続的に小額を好意的に融資する場合と上告人の貸付行為とは全く類型を異にするものである。まして貸付先の会社の代表者が他の貸付先会社の取締役であつたという事実をもちだすのは論外である。
(ニ) 以上を総合してみると上告人の継続的貸付行為の事業性判断の前提事実として原判決が認定している事実は以下のとおりであるがこのような場合にも「事業所得」に該らないと判断した原判決の判断は所得税法旧法九条一項四号、一〇号の解釈適用を誤つておりこの点が判決に影響を及ぼすこと明らかである。
<1>上告人は昭和三四年から四〇年までの七年間に三〇回に亘つて継続的に総額四〇六九万五一四六円を貸付けてきた<2>右貸付からの利息収入が上告人の各年度の総収入金額に占める割合は一二・七%ないし二三・二%以上である(この点については上告人が控訴審で明確に主張しているにもかかわらず原審は明確に事実認定をしていない)<3>右貸付金資金の主要部分は上告人が中央信用金庫駒形支店から借り入れたものである<4>上告人は合同印刷(株)の一隅で右貸付の事務を高橋堅二、高橋睦子の二名に執らせていた<5>上告人の貸付先は四社である<6>上告人は右四社のうち三社の株主で貸付当時右三社の代表取締役であり、残る一社の代表取締役は右三社のうちの一社の株主で取締役であつた<7>右貸付は債務に関する証書を作成せず(但し手形貸付である)物的人的担保をたてないでなされた<8>上告人は金融業者の届出をしていないし、金融業の宣伝、広告もしていない<9>上告人は独立した事務所を有せず、高橋堅二、高橋睦子は専任の事務員ではなかつた。
――以上は事実のうちで<4>、<8>、<9>は考慮すべきでないこと1.に述べたとおりであり、仮りにこれらの事実をも考慮に入れるとしても右に掲げた事実の中で最も重要な事実は同一行為の継続性とその規模に関する<1>、<2>、<3>、<5>の各事実であることは何人も異論のないところであろう。本件が大規模な継続的な貸付行為であることは明白であり、本件の如き場合に事業性を否定した原判決は経済的実質的判断の見地からはずれたあまりにも形式的恣意的な判決であること縷々説明したとおりである。
以上のとおり原判決には憲法違反、判決に影響を及ぼすこと明らかな法令の解釈の誤り、理由不備の違法があるので破棄されるべきである。
以上